
10月31日(日)、中野市豊田地区にある真宝寺(しんぽうじ)で、声と動画のワークショップ「自分の声を好きになる」を開催しました。集まった子どもたちは学校も学年もバラバラな小学生総勢7名です。
300年余りの歴史をもち、高野辰之と縁のある真宝寺を舞台に「紅葉(もみじ)」の朗読と動画づくりに挑戦しました。
声のパートの講師は中野市出身のフリーアナウンサー草田道代さん(元長野朝日放送アナウンサー)、動画のパートの講師は中野市在住のマルチクリエイター荒井瑞貴さん(漫画家であり映像制作も手がける)です。
それぞれのプロに出会い、子どもたちはどんなことを体験して何を吸収してくれたのでしょう。ワークショップのサポートをしながら印象に残ったことをレポートしたいと思います。
自分の声を育てて好きになろう

午前中は真宝寺のお堂をお借りしての声のワークショップ。曇り空だったためか、お堂の中はとってもひんやりしていましたが、ご住職が点けてくださったストーブの周りはとても温かく、そこに集まる子どもたちは、すでに和気あいあいと仲良くなり始めていました。

まずはじめに草田さんの「よく通る声ってね、大きい声ではないんですよ!」の一言がありました。これには子どもたちは少し目を丸くしているように見えました。私も地声の大きい人が羨ましい! なんて思うことがありましたので、これから草田さんが何を教えてくれるんだろう? と期待がふくらみました。

ここから子どもたちがみんなで声を出すワークショップが始まりました。読み聞かせ絵本に「よかった!よかった!」や、「な〜んてこったい!」と合いの手をいれたり、言葉をボールに見立てた声のキャッチボールをしたり。近くにいる人に渡すときの「ぽーん」という声と、遠くにいる人に渡すときの「ポーーン!」という声の違いを体を動かしながら体験しました。


滑舌の練習には「あいうえお、いうえおあ、うえおあい、えおあいう…」と、リズムパターンに合わせて50音を読みました。よほど集中していないと間違えてしまうのですが、子どもたちは全身でリズムをとりながら先生の後につづき、みんなのリズムが合ってくると徐々に声も大きくなり…。マスクの下で、子どもたちの口はめまぐるしく働いていたのだと思います。発声のコツを掴んでしまう子どもたちの吸収力に驚きました。
次に「母音ってなんだろう?」の問いかけから、「母音だけで何を言っているか当てるクイズ」がはじまると、こんどは脳みそのフル回転でした。
「文房具でこれなんだ?『え・ん・い・う』」
「わかった!『えんぴつ』だ!」
子どもたちは答えのコツを掴むのも早く、草田さんの出すクイズを次々と当ててしまうのですが、ゲームを通して母音と子音の違いを知り、「よく通る声とは? 聞こえやすい声とは?」について、それぞれに答えを見つけ始めていたように思えました。
目の前に声のプロフェッショナルがいて、自分に向かって話しかけてくれている。これにまさる発声を学ぶ体験はないと思います。私はフリーアナウンサーである草田さんの一言一言に、「始まりの音の大切さ」を感じました。子どもたちも、草田さんが子どもたちみんなに話しかけるときの声と、一人ひとりに話しかけてくれるときの声の違いを、声のキャッチボールを思い出しながら、ボールを受け取るように感じていたことと思います。

次のステップである群読体験が始まると、ひとりひとりの個性が際立つようになりました。お題は掛け合いが楽しい群読で、「やだやだ」を連発できるなんとも楽しい詩です。ひとつの詩を、数人で分けて読むのですから個性の違いをお互いに感じやすかったのでしょう。Aチームの声が大きければ、声の小さかったBチームはつられて大きくなり、ゆっくりだったCチームも読む速さを揃えてきてくれます。ハキハキと早口で読む子もいれば、ゆっくりていねいに読む子もいて、ひとつの詩をみんなで読むには、色々と合わせないといけないんだなぁ…なんて顔をしている子どもたちでした。

辰之さんの「紅葉」を自分の声で表現する
さて、本題の「中野市出身の高野辰之の歌詞の世界を表現するワークショップ」は、実はこれからが本番です。しかも私たちは今、辰之さんが少年時代に遊んだという真宝寺にいるのです。
草田さんの朗読するときの言葉の「イメージ」のお話が始まりました。
秋の夕日に照る山紅葉
これは高野辰之が作詞した「紅葉」の一節です。私は「てるやま/もみじ」と思っていたのですが、「てる/やまもみじ」と読むそうです。
「山紅葉が、夕日に照らされてきれいだなってイメージしてくださいね」
草田さんからそう教わった瞬間、バラバラだった「やま」と「もみじ」が、夕日に照らされた「山紅葉」の映像へ変わりました。子どもたちにとっても、よほど印象的だったのでしょう。後半の映像のワークショップでは、子どもたちから「紅葉がきれいだってイメージして」という言葉を何度も聞きました。



「大人と遊ぶのがこんなに楽しいなんて久しぶりだなあ!」
これは、参加してくれた子がかけてくれた何気ない一言です。「子どもたちに何かを吸収してほしい、学んでいってほしい」そんな大人が集まって、それなりに真剣に話し合ってできた企画でしたが、当の子どもたちにとっては「大人と遊んだ!」という楽しいできごとだったのです。
他のサポートメンバーも、この一言をとても喜んでいました。

一人ひとりの朗読と、草田さんのアドバイスを動画にまとめましたのでぜひご覧ください。
辰之さんが少年時代に遊んだという真宝寺の境内を望むように座り、背景となったお堂の美しさも相まって素晴らしい映像になったかと思います。
「動画は見るだけではなくて、自分でも作れる」

午後の動画のワークショップは、真宝寺に隣接する「ふるさと遊歩道」へと会場を移して始まりました。
講師は草田さんから荒井さんへバトンタッチ。空がすっかり青空に変わり、急に気温が上がり始めたので、元気いっぱいで半袖になってしまう子もいるほどでした。
真宝寺の裏手を流れる斑川は、唱歌「故郷」(作詞・高野辰之)に登場する「かの川」であると言われ、その一部が「ふるさと遊歩道」として整備されています。川沿いを子どもたちと歩きながら秋の紅葉風景を撮影する予定でしたが、まだ紅葉は青々としており少し残念そうな「あれ〜?」という声が上がりました。
あきらめずにしばらく川を下り、日差しの当たる場所に一本だけ見事に紅葉している木を見つけると、子どもたちのテンションが急に爆発してしまいました。

「きれい!」
「この紅葉が川を流れているところを撮りたい!」
「落ちている紅葉をたくさんひろいたい!」
「この紅葉を手に持って朗読したら素敵!」
荒井さんから三脚の使い方、カメラの使い方をレクチャーしてもらっている間もずっと落ち着かず、早く動画を作りたい!と、そわそわしてしまっている子どもたちでした。

撮影はチームごとに思い思いの場所でカメラを回し、お互いの朗読を撮影し合いました。
荒井さんがそれを見守り、草田さんが声の指導をしてくださいました。

納得のいくまで何度も何度も撮りなおし、自分がきれいだなと思う場所を探すことに余念がありません。その時の集中力には感心するものがありました。終了時間で区切らざるを得なかったのですが、みんなの頭の中は「紅葉がきれいだってイメージして…」という言葉でいっぱいだったのではないでしょうか。

今の子どもたちは日常的に動画に触れているからか、映像を撮るということに抵抗がなく、自分のイメージを映像化することへの軽やかさが印象的でした。作られた動画を受け身で鑑賞しているだけでなく、「撮影する作り手がいて、ターゲットに向けた動画を考えて作っている人がいる」ということを肌で感じているのでしょう。

「動画は見るだけではなくて、自分でも作れるものなんだ」。今回このワークショップに参加してくれた子どもたちは、はじめからその意識があったのだと思います。
これから何度も「きれい!」や「すごい!」と出会うことはあると思います。それと「伝えたい」がセットになった時、このワークショップで体験したことを思い出してもらえれば嬉しいです。
自信を持って表現しよう

ワークショップの最後に、真宝寺のご住職が「仏様がみんなに『自分の声を好きになってくださいね』とおっしゃってますよ」とメッセージをくださいました。
一瞬神妙な雰囲気になったので、子どもたちにとっては説得力のある言葉だったのだと思います。仏様のお墨付きで今日の自分を好きになっていいのです。

ご住職は由緒あるお堂を快く提供してくださっただけでなく、一日中お付合いしてくださいました。助っ人として一部の朗読に参加していただいたり、お経のような詩を朗読した時には、絶妙なタイミングで大きなお鈴を鳴らしてくださり、みんなで大笑いしました。10年ほど前まで、真宝寺には寺子屋のように子どもたちが集まっていた、というお話もお聞きました。
「きっと辰之さんも境内の中を走っていたんじゃないですかね」と、ご住職。今も昔も子どもたちが同じように遊んでいる様子と、連綿と続く中野市豊田の穏やかな風景が重なりました。と同時に、辰之さんが美しい言葉で詠った同じ場所であっても、きっと子どもたちも今の感性で新しい創造を生んでくれるのだろう、とも思いました。

秋の夕日に照らされた真宝寺と「ふるさと遊歩道」をあとにして、「声と動画のワークショップ」は無事終了いたしました。参加してくれた子どもたち、協力してくださった皆さま、ありがとうございました。


以上、声と動画のワークショップのレポートでした。
子どもたちが撮影した映像と荒井さんがワークショップを記録した映像を織りまぜて、後日、荒井さんが編集した動画がこちらになります。
荒井さんの何気ない美しさを切り取る感性が、子どもたちの撮影した映像を引き立てています。(中川千恵子)
※本ワークショップは、「中野市中野のチカラ応援事業補助金」活用事業「N-LABO」のひとつです。